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Forpasiとはエスペラントで死去する、という意味である。細かく分解していくと離れて+過ぎる、行くだからわたしたちのいるこの世から違うところへ行ってしまうこと、どんな宗教でもそれは変わらないからわかるだろうと思う。私は浄土真宗なので死んだ人は直ちに仏様になり、子孫を見守っているという話を教えられるのだが、もし見守っていてくれるとしても私たちにはそれが見えないからやはり遠くへ行った人なのだ。極楽と地獄があったりすると、どっちかわからないがとにかく遠くだし、その他宗教によってどうなるかさえ私にはわかりかねるものもある。
ジェームス・ヘリオットという作家の短編にたくさんの猫や犬と暮らしている老婦人がいまわの際に獣医であるヘリオットに「この子達と私は一緒のところへ行けますか」ときく。「行けますとも」彼はこたえる。キリスト教でも仏教でも犬や猫は人間とは同じ世界へはいけないとなっているが、長年苦楽をともにしたものと再会できないとなったらどんなにかさびしいだろう。